RAMAR活動休止!! 緊急対談/其の二『酒井悠介 VS 馬場一人』

『RAMAR活動休止!! 緊急対談』第二弾は、2006年よりサポートメンバーとしRAMARに参加。そして翌年には正式メンバーとなり、現在のRAMARの楽曲を形成する上でコンポーザー・ブレインとしなくてはならぬ存在、Gu.馬場一人。現在の心境を直撃!!


 
~酒井と馬場との出会い~
 
酒井(以下S):馬場ちゃんとの出会いっていつだっけ?
馬場(以下B):6年前?
S:現在のメンバーでいうと、タッキー→しんちゃん→馬場ちゃんなので、一番新しいメンバーなんですよね。ホームページのバイオグラフィーを見ると、2007年1月に正式に加入?って「?」がついているけど。。(笑)
B:まだ加入していない?ひょっとして。。(笑)
S:うそうそ(笑)でも行動を共にしたのは2006年10月くらいからだから約6年前か、やはり。
B:6年。長い!
S:馬場ちゃんとの出会いはあれですね、タッキーが連れてきてくれたんですよね。前任の上野くんが脱退した時に、「酒井くんと凄く合うと思う」って言って。前々から存在は知っていたんだけど、タッキーと一緒に当時馬場ちゃんが講師をやっていた原宿の音楽専門学校に会いに行ったんだよね。
B:会いましたね、せまーい控え室みたいな所ところで。
S:で、そのあと初めてリハに入るんですが、はじめてのリハの時、馬場ちゃんがわりとまっさらな感じで来たよね?
B:曲もあんまり聴かずにね(笑)。
S:で、タッキーがダメ出ししたんだよね(笑)。「フレーズはちゃんと押さえてきた方がいいと思うよ」って。
同席していたタッキー:そんなこと言ったっけ?今となっては馬場ちゃんにそんな事言えね~よ。勇気あったな~俺。
S&B:(笑)
B:どんなギターを使おうかとか、どんなスタイルで行こうかとか、なにも決めてなかったですからね。
 
最寄り駅で待ち合わせて駅前で一緒にマック食べて、バスで馬場ちゃん家行ったり、とか(笑)
 
S:そのあと立て続けにライブがあって、2007年頭、バイオグラフィーで言う正式加入くらいの頃から一緒に曲を作り始めましたね。
B:そうですね。
S:懐かしいね。馬場ちゃん家まで夜な夜な車で行ったり、とか、馬場ちゃんの最寄り駅で待ち合わせて駅前で一緒にマック食べて、バスで馬場ちゃん家行ったり、とかね(笑)
B:あー、あったような気がする(笑)曲作りはだいたい酒井くんの鼻歌から始まり。。
S:そうそう、携帯で録ったヤツとかを聴いてもらって、馬場ちゃんがそれにコード進行とかをつけて、、、そうやってその時期二人で作って、バンドで合わせて出来たのが「月 ~君の似合う場所~」であったりとか、仙台ライブのあとに出来た「今を生きる」であったりとか。。。俺としてはもっとフロントマンとしてしっかりしなければいけないと思っていた時期でもあり、曲作りのパートナーであったり、唄を強力に引き立ててくれる人っていうのを欲していて。そう言う意味で、馬場ちゃんはすごくしっくり来ましたね。。。ちょっと話は変わるんだけど、その時期のリハーサルでタッキーが切れたことがあったよね。
B:あったあった(笑)
S:たしか、「馬場ちゃんが入ってくれる以前に、元からいる三人がしっかりしなきゃダメだ、この三人で納得いくような曲が作れなかったら俺はやめる!」みたいな事を俺が言って、その「やめる」という発言に対してタッキーが激怒(笑)!
同席していたタッキー:あっついね、俺!
S:(笑)あつかったよ、っていうか熱苦しかった(笑)。
B:その時期俺車無かったからタッキーに乗せてもらってスタジオ行ってたんだけど、その日の帰りの車内の気まずい事気まずい事。そのあとソッコーで車買ったもん(笑)。
S:結局3ヶ月くらいサポートでやってもらって、正式メンバーになったわけですが、最初から違和感というかそんなものは無かった?
B:まあね。正直、やる人によってはやっぱり違和感感じたりとか、ライブをやっても最後までしっくり来ずに終わってしまう人とかもいるんだけど、、、そう言う意味ではすごくスムーズに入っていけましたね。
S:俺的にも、長い年月の中でも馬場ちゃんとやれたのは凄く良かった。馬場ちゃんとやって開花出来たんじゃないかって思える部分は凄く多くて、、おかげ様で胸はって旅立てますよ(笑)
B:ありがとうございます(笑)
 
~想い出のライブ、想い出の1曲~
 
S:想い出のライブとかってある?
B:。。。想い出のライブね。。。(しばらく考えて)こないだのツアーの最後の。。
S:渋谷のルイードK2(3月18日)?それ一番最近のライブだから忘れてないってだけじゃないの(笑)?
B:いやいや、そうじゃないよ!6年間やってきて、初めて終わったあとにガッツポーズが出るようなライブだったんだよね。
S:それは何?プレイ的にってこと?
B:そうそう。あ、自分の事だけなんだけどね(笑)。
S:(笑)いや、それは大事でしょう。
B:それまでのライブは、自分のバンドってことでちょっと甘えがあったというか(注:馬場ちゃんはいろんなアーティストのサポートギタリストとしても活躍中)。ミストーンとかあったとしても、「これはその場のアレでしょ」みたいな言い訳してたり。そういうことの積み重ねで、我ながらちょっとづつフラストレーションが溜まっていたんだけど、そのライブで、「あ、俺やれば出来んじゃん」って一気に発散出来た。っていうのと、それだけでもなくて、ああ、長年バンドやってきたんだなっていうライブが一つ出来たなあと。
S:思えば馬場ちゃんあの日笑顔多かったもんね。馬場ちゃんに限らず晋ちゃんもタッキーも、唄っていてふと振り返ってみると笑顔のないライブって結構あるんだけど、、、それはまあお客さんの入りとかそういう事でもなくて、余裕を持ってステージに立てている時と言うか。アイコンタクトというか皆で目を見合って笑ったりとか、そういう瞬間が確かに多かった気がするな、あの日は。。。ガッツポーズはどこでやったんですか?
B:心の中で(笑)

S:じゃあ曲作りの中で一番印象に残っているのは?
B:これも個人的に、なんだけど「隣」かな。。。「隣」のアレンジしているときが一番気持ちも入ったし。。。もともとあった曲で前にもやってたっていう基盤はあるにせよ、いろんな意味でアレンジとか音色とか構成とかも含め、全てうまくいったなと。
S:他のどの曲よりも?
B:他の曲よりも。自信を持って「馬場一人アレンジです」っていうか「RAMARアレンジです」っていうか、そういう風に言えるような。
S:「隣」はラストライブでやりますか。
B:やってもいいんじゃないですかね。久々に。
 
「バンドがあるから自分がいる」みたいなのは気がつかなかったけど、自然にそうなってた。
 
S:馬場ちゃんは今回の活動休止の話、どう感じましたか?
B:まあ、長いからね~、バンド自体がね。俺が入ってからも長いし、その前も倍くらいあるわけだし。長くやってれば色々もちろんあるしね。来るときが来たかって感じではあった。もう大人だし(笑)もちろん(音楽を)続けるのは続けるんだろうし、、結構落ち着いた感じで話を聞いちゃったかな。と同時に、(反面)不安が襲ってきたのもあった。「バンドがなくなっちゃって俺大丈夫かな?」って。「バンドがあるから自分がいる」みたいなのは気がつかなかったけど、自然にそうなってた。
S:なんか、それは嬉しいですね。
B:うん、何で不安になったのかが自分でもよくわからないけど、多分そう言う事なんだと思う。ライブ活動が前より少なくなった段階で、実は一回テンションがおちてるんだけど、、、やっぱなんか人前に出てっていうのをして行かないと、危機感を感じてしまって。。そういう活動が出来る母体っていうのがないと不安になる。RAMARは長くやってたから気づかなかったけど、自然とそうなってた。
S:俺はちょっと、後悔している事があって。もう少し馬場ちゃん家に強引に押し掛けて曲作りとかやっとけばよかったなと(笑)ライブとかもね、、
B:いや、それはほら、うち夏暑いし(笑)、その時その時で、いろいろあるからね。
S:震災あたりから、なんか滞ってきた(笑)
B:震災前後で、タッキーはテニスにハマり、俺は釣りにハマり、二人で真っ黒になってたってこともあったね(笑)
S:そうだったね。真っ黒になってレコーディングに来てたよね(笑)その辺りでおれが「馬場ちゃん曲作りやろうよ」とかって馬場ちゃん家に行ったりしていたら、少しまた違ったのかなとか思ったり、、、ライブも、晋ちゃんもものすごくやりたがっていたから、もう少しやっとけばよかったのかなって気もするんだけど。。
B:かもしれないけどね~。それはしょうがないんですよきっと。
S:まあ、けどね、馬場ちゃん入ってからの6年というのは非常に充実してた。ちょっと休止しつつ、気持ち的にもすこしフラットで音楽に取り組めるようになったら、また、ね。
 
「これぞRAMARのアルバムです!」って、人に自信を持って聴かせられるものができた。
 
S:アルバムに関してはどうですか?
B:うん、酒井くんがウチに来て曲作りをする、そしてアレンジが決まってバンドで発表する、みたいな流れが一緒にやり始めた時には確実にあって、だけれどもだんだんこれが俺の手を離れてバンドで勝手に進んで行く方向に将来的になるんだろうな~とは思っていて。このアルバムが、まさにそうなりかけてきた時期のアルバムなんですよ。だから、いままではなんか「自分でアレンジした」責任感みたいなものがあったんだけど、今回は気楽に臨めたアルバム。メンバーもさらに一歩成長してアレンジ的によりそれぞれの色が出るようになってきて、プラス エンジニアの川畑さんを始めとしたスタッフの役割というのもはっきりとあって、そういういろんなものが混ざり合って、精神的にとかいろんな意味でいい環境でレコーディング出来たなと。
S:よりバンドっぽい?
B:そうそう!今まではバンドっぽいところは敢えて狙っていなくて、どちらかというとカラフルにいろんなことを出来るバンドっていう見え方にしたいなと思っていて、だけど自然と同じ人間でやっているとバンドっぽくなって行くんだなっていうのを実感した感じですよね。だから「これぞRAMARのアルバムです!」って、人に自信を持って聴かせられるものができた気がしていて。それがある意味「記念」的なものになったってのはそれはそれでいい事だなあってちょっと思ったりしていて。
S:いい時期なのかもね。そういうバンドとしてのある意味到達点的な所で一回休んでっていうのは。
B:惜しさもありつつ、でもなんかバンドがちょっとづつ成長してきている感じが今回のこれで見えて、それはそれで良かったなと。
S:バンドっぽくなってるんだろうね。タッキーも言ってたんだけど、楽な気持ちで音楽に取り組めてきていたんだろうなと。皆と久々に話してそう感じていますよ。
B:タッキーが「昔みたいな熱さが無くなった」って言ってたけど、それはいい意味でいろんな物事を見れるようになったって言う事だろうと思うし、肩の力も抜けつつ、RAMARというバンドの自然体みたいなものが録れているんじゃないでしょうか。
S:このアルバムの聴き所としてはどんなところだと思う?
B :。。すっごい細かい話で申し訳ないですけど(笑)、同期の成分を結構減らしてるんだよね、以前に比べて。それこそさっき「隣」のアレンジが良かったって言ったんだけど、「隣」とかは結構バンド以外の力が働いていて。それが今回は純粋にバンドのサウンドが核になって、そのサポートとしての他の音、っていうふうになっている。「馬場一人アレンジ」じゃ無くて「RAMARアレンジ」にしたいっていうのがあって。そういう「RAMARアレンジ」がどんなもんなのか、っていうのを聴いてもらえれば嬉しいですね。
 
3本ともガッツポーズをしたい。
 
S:それじゃ残り3本のライブに対する意気込みを。。
B:意気込みですね。。さっき話したベストライブを越えたい。というか3本ともガッツポーズをしたいですね。
S:しましょう!リハもたくさん入ろう!
B:まあでも、その日の運にもよるからね(笑)
S:(笑)まあね、何が起こるかわからないからね。。この前アコースティックとか4人でやってみて(6/23渋谷七面鳥・6/24横浜ららぽーと)、4人でやるのはいいなあ、たのしいなあと改めて思ったんですよ。
B:あのアコースティックは凄いよかったね。いろんなことを思いだしながらやってましたよ。タッキーこんな癖あるよね、とか、酒井くんこうなるよね、とか、晋ちゃんフレーズこうだよね、とか。久々だったからね、4人でやるのは。でもなんか覚えてるもんだよね。ああ、これこれって。
S:最初は活動休止について一人で悩んでたけど、ひとりずつ話していってどんどん気持ちが楽になって、なんかあとはやるべきことをガンガンやって行こうって気持ちにもなれて、凄くフラットにあの二日間はやれたから。。今回のツアーも出来ればそう言う感じでリラックスしてやりたいね。今回のツアーでやってみたい事とか、これしちゃおうかな~ってことないですか?
B:そうねえ。。あんまり狙いはないかな。。気負わずにやりたい。等身大のというか、「やってやるぞ」という感じではなく、いきたい。
 
活動再開の際には、責任を持って神輿を担いで頂ければ
 
S:それでは最後に応援してくれてるみんなに一言。
B:応援してくれてる皆のおかげでここまで続けられたと言うか。なかなか出来ないじゃないですか。まわりがどんどん別の道を選んだりする中、こんなオッサンたちが(笑)その中で、やらせてもらってたみたいな感じですよね。
S:そうだよね。「Wild Flowers」とか、特に一人歩きしている曲で、いろんな人の心に残っていて。そういう手紙やメールをもらったりすると、それが心の支えになってやってこれたっていうのも大きいですからね。
B:だから今までやってこれたのもみなさんのおかげなので感謝はしたいんですが、、、もう少しお友達をライブに連れてきてくれていたら活動休止にはならなかったかもってことを考えると活動休止の責任の一端も皆さんにあるのでその責任も感じて欲しいなと。
S:どれだけ人任せなバンドなんだよ(笑)
B:(笑)活動再開の際にはね、僕のこの言葉を思い出して、責任を持って神輿を担いで頂ければ。「目指せ、100までRAMAR」って感じで。
S:ホント、人任せ(笑)